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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)143号 判決

原告

東京シャツ株式会社

右代表者

山口政徳

右訴訟代理人弁護士

石川幸吉

同弁理士

梅村明

被告

クルエット・ピーボディ・エンド・コンパニー・インコーポレイテッド

右代表者

レオ・フオネロ

右訴訟代理人弁護士

三ツ木正次

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和四六年九月六日同庁昭和四〇年審判第八二三一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二  請求原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は登録第五六三四七八号商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者である。本件登録商標は別紙(一)の構成からなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条第三六類(以下「旧第三六類」という。)被服、手巾、釦鈕および装身用ピンの類として、昭和三四年四月二二日登録出願され、昭和三五年一二月二〇日登録された。被告は昭和四〇年一二月一六日原告を被請求人として本件登録商標につき登録無効審判を請求した(昭和四〇年審判第八二三一号)。特許庁はこれに対し昭和四六年九月六日「本件登録商標の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年一一月一〇日原告に送達された。

二、審決理由の要点

本件登録商標の構成は、別紙(一)のとおり、楯形輪廓内に長髪の左向き婦人の胸像図形を画き、その下部に肉太の二本の横線を表わし、かつ楯形輪廓の上部中央に接近して王冠の図形を表わし、該図形を介してその左側に「QUEEN」、右側に「ARROW」の欧文字をローマン書体風で横書きし、更に、前記「QUEEN」および「ARROW」の欧文字の下部に、楯の下部を右から左につらぬくように図案化した矢を画き、その矢の下に「TOKYO」右に「SHIRTS CO」の文字を小さく、細い丸ゴシック書体で表わしたものである。そして、その指定商品、登録出願および登録年月日は前項掲記のとおりである。

これに対し、別紙(二)の構成からなる登録第八九二四六号の一の商標(以下「引用商標(1)」という。)が商標法施行細則(明治四二年農商務省令第四四号)第二〇条第三六類(以下「旧々第三六類」という。)被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品一切を指定商品として、大正六年六月三〇日登録出願され、同年一一月一九日登録された。また、別紙(三)の構成からなる登録第一二八二四二号の一の商標(以下「引用商標(2)」という。)が旧旧第三六類被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品を指定商品として、大正一〇年三月三日登録出願され、同年四月二七日登録された。また、別紙(四)の構成からなる登録第一三二一六四号の一の商標(以下「引用商標(3)」という。)が旧旧第三六類被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品を指定商品として、大正一〇年四月二七日登録出願され、同年六月二八日登録された。そして、これらの引用商標(1)、(2)、(3)について、大正一四年四月二二日原簿喪失による登録回復がなされ、昭和五年六月一三日、各指定商品中の「巻ゲートル、脚絆、法被、腹掛、股引、パッチ、半股引、ネビエシラズ、手甲、腕貰」にかかる商標権の分割移転登録がなされ、昭和一二年一月九日原告のために移転登録がなされ、昭和一二年一〇月二八日、昭和一五年一一月一六日および同年一二月二四日それぞれ存続期間の更新登録がなされ、昭和二六年二月七日原告の連合国人商標戦後措置令(昭和二五年政令第九号)第四条第一項による申請に基づき期間不算入の登録がなされている。

さらに、別紙(5)の構成からなる登録第四四八八三四号商標(以下「引用商標(4)」という。)が旧第三六類帽子類、ホワイトシャツ、シャツ、猿股、セーター、肌着、水着、シュミーズ、手袋および靴下を指定商品として、昭和二八年九月九日登録出願され、昭和二九年七月二八日登録されている。

そこで、本件登録商標と各引用商標の類否について考察する。本件登録商標の構成は、中央部に表示された図形がこれを何と呼んでよいかその名称も極めて不確定なものであつて、この図形を介してその左右に配置された「QUEEN」および「ARROW」の文字は極めて読み取りやすく、かつ明確に表示されているものであるから、「QUEEN」および「ARROW」の文字はそれぞれ別個独立に看者の注意を惹くに足りる部分として構成されたものと認められる。しかも、「QEEN」および「ARROW」の文字はそれぞれ、それ自体として明確な意味をもち、一般に親しみ易い文字であるばかりでなく、「QEEN」(女王)と「ARROW」(矢)とが対いの物として関連の深い語であると認識されているとか、或いは「QUEEN ARROW」として別個独立の概念を有するという、観念上必然的に結びついた格別のものとも認められない。これらをあわせ考えると、本件登録商標からは「QEEN」のほか、「ARROW」の文字に相応して「アロー」(矢)の称呼、観念が生ずることは決して少くないものと判断するのが取引の実際に照らし相当である。

これに対し、引用商標(1)および(3)からは容易に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずることは多言を要しない。また、引用商標(2)についても、その構成中「OSG」の文字は小さく表示されており、写実的に描画されている「矢」の図形および大きく表示されている「ARROW」の文字が強く看者の注意を惹く部分であるから、これから単に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずる。また、引用商標(4)についても、その構成中「GOLDEN」の文字は商品の品質の誇示表示として普通に使用されているから、これから単に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずる。

したがつて、本件登録商標と各引用商標とは「アロー」の称呼および「矢」の観念を共通にする類似の商標であり、その指定商品も互いに牴触することが明らかである。よつて、本件登録商標の登録は、商標法施行法第七条第一項、第一〇条第一項によりなお効力を有する旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号に違反してなされたものであるから、同法第一六条第一項第一号により無効とすべきものである。〈以下略〉

理由

一〈略〉

二本件登録商標をみると、その中央部にある楯形輪廓内の婦人の胸像は、トランプカードのクイーンを連想させるようなデザインによつて画かれており、その頭部に王冠があることから、クイーン(女王)を表わすものであることが容易に理解できる。したがつて、「これを何と呼んでよいかその名呼も極めて不確定な図形であつて」という審決の認定は誤りであるが、これだけでは審決を取消すべき事由にならない。そうすると、一般需要者が本件登録商標を一見すれば、これが「QUEEN」および「ARROW」の文字と「QUEEN」を表わす女王像および「ARROW」を表わす矢の図形の組合せからなるものと理解し、記憶するであろうと認められる。したがつて、本件登録商標から「クイーンアロー」の称呼が生ずることは明らかであり、この点は当事者間に争いがない。

(一)  次に本件登録商標からどのような観念を生ずるかについて判断する。原告は、本件登録商標の構成からは「女王矢」の観念が生ずるだけであると主張する。そこで、本件登録商標を仔細に観察すると、前記の矢の図形は女王像の楯形輪廓の下部を右から左へつらぬくように画かれ、女王像と類似のデザインによつて図案化されている。しかし、「QUEEN」および「ARROW」の文字は女王像を中央に介して左右に分かれて記載されている。そうだとすると、本件登録商標の外観が「女王」と「矢」を一体化した「女王矢」という単一の新しい観念を示唆しているとは直ちに認めることができない。そればかりでなく、一般需要者が原告主張のように本件登録商標の外観を仔細に観察し、これを正確に記憶するであろうとは到底考えることができない。したがつて、原告の前記の主張はこの点において既に採用できない。

(二)  本件登録商標が「QUEEN」と「ARROW」の二語の結合からなることは、前述のとおりである。原告は、本件登録商標はこの二語の結合によつて新しい観念を形成するものであり、商標における観念とは一見して記憶に映ずる心象であつて、この観念は具体的な意味内容をもたなければならないものではないと主張する。しかし、商標の観念とは、被告主張のとおり、一般需要者が文字または図形の意味内容によつて商標を記憶する場合の意味内容をいうものである。けだし、一般需要者は外観、称呼のほかにこのような意味内容によつて商標を記憶する場合があるので、商標の類否を判定するにはこのような意味内容の異同を基準とする必要があるからである。原告主張の「商標を一見して記憶に映ずる心象」は、商標に関する外観、称呼、観念の三分類の見地から見れば、商標の外観に属すると認めるのが相当である。したがつて、原告の前記主張は採用の限りではない。

そうすると、無関係の二語を結合することだけによつては、新しい観念が形成されることはあり得ないことになる。もつとも、二語の結合からなる商標によつて新しい単一の観念が生ずるかのように見える場合はある。しかし、それは、商標の使用または宣伝、広告によつて新しい単一の観念が需要者の間に形成された場合か(例えば「握り矢」)(原告主張の「菊水」という紋章の場合もこれに類する。)、二語の意味内容よりはむしろ一連の称呼によつて記憶されるに至つた場合(例えば「竹矢」、「サンスター」)に限られると認めるのが相当である。

これを本件登録商標についてみるに「QUEEN」と「ARROW」の語が意味または情緒の上において互に関連性のない言葉であり、「女王矢」という単一の観念は一般的には存在しない。したがつて、本件登録商標の登録前、その使用または宣伝、広告により、その指定商品の需要者間に「女王矢」という単一の観念が形成されていた場合でなければ、本件登録商標から「女王矢」の観念が生ずるとはいえないことが明らかである。

(三)  そこで、本件登録商標の登録前「女王矢」の観念が需要者の間に形成されていたかどうかについて判断する。

〈証拠〉によれば、原告が本件登録商標の登録前である昭和二八年頃から、本件登録商標とは異なるが「Queen」および「Arrow」の文字と女王像および矢の図形からなる商標を附してワイシャツ類を製造販売し、昭和三三年頃から本件登録商標の使用をはじめるとともに、一部地域においてテレビ・車内広告等によつたほか、主として、雑誌によりこれを宣伝広告したことが認められる。しかし、本件指定商品の需要者の層が広汎であることをあわせ考えると、これによつて「女王矢」という単一の観念が一般需要者の間に形成されたことは、到底認めることができない。

四、本件登録商標が「QUEEN」および「ARROW」の二語の結合からなることは前述のとおりである。そして、「QUEEN」および「ARROW」は、我が国において女王および矢を意味する英語として広く知られており、これらと同一または類似の発音を有する言葉で異なる意味をもつものはない(この点で「屋」、「八」、「谷」「夜」、「野」等の同音異義語を有する「矢」と異なる。)。したがつて、「QUEEN」および「ARROW」の語はいずれもそれ自体自他識別力を有する。また、「女王矢」という単一の観念が存在しないこと、「QUEEN」および「ARROW」の語が意味または情緒の上で互に関連性を有しないことは前述のとおりである。したがつて、本件登録商標が「クイーンアロー」と一連にのみ称呼されると認めなければならない理由はない。

そうだとすると、より簡単な称呼、観念によつて商標を記憶しようとする一般需要者の傾向をあわせ考えれば、本件登録商標は、「クイーン」または「アロー」の称呼と「女王」または「矢」の観念を生ずると認めるのが相当である。そして、各引用商標が「アロー」の称呼と「矢」の観念を生ずることは、前述のとおり当事者間に争いがないから、本件登録商標と各引用商標は「アロー」の称呼と「矢」の観念を共通にする類似の商標であると認めなければならない。また、両者の指定商品が互に牴触することは前述したところから明らかであるから、本件登録商標の登録は旧商標法第二条第一項第九号に違反してなされたものである。

五なお、証人森孝正の証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、原告の製品である本件登録商標を附したワイシャツと被告の製品である「アロー」印のワイシャツが特定のデパートの同じ売場で販売された場合でも、両者の誤認混同が生じたため需要者から苦情を持ち込まれたことがない事実が認められる。しかし、〈書証〉によれば、我が国の一般需要者が商標を指定してワイシャツを購買することは、ほとんど行われていないことが認められるので、前認定の事実は、将来商標を指定してワイシャツを購買する傾向が増大した場合に、両者の製品につき誤認混同が生ずるであろうことを否定する資料にならない。したがつて、前認定の事実は本件登録商標が各引用商標と類似すると認めることを妨げるものではない。

六よつて、審決には原告主張の違法はないから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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